誘われる姫君 1

 私はお嬢様にお仕えしていて、この日ほど彼女が美しいと思ったことはありませんでした。いえ、勿論これまでも大層お美しい方でしたけれども、そしておそらくこれからもずっと美しいと思い続けるのでしょうけれど、とかく私は彼女の美しさに改めて目を見張ったのです。甘いハシバミ色の双眸に合わせた美しい首飾りを、彼女の白い首に巻きながら、その手は震えてしまいました。私は女神に触れているのだと思ったのです。
「どうかしら、ナザリー? お父様がこの日のために買ってくだすったのだけれど」
 軽やかな鈴の音のような声が問います。鏡台を前にして、自分の美しさを知りながら一体どうして問うことがあるのでしょう? 伏せられたけぶるような琥珀の睫毛の奥にそっと秘められた宝石を思いながら、私は彼女の豊かな金髪にピンをさしていきます。それが外されたときの悩ましさを考えて、そんな自分が恥ずかしくなりました。
「言うまでもないことですわ、お嬢様。お嬢様は今晩の主役に間違いございません」
「ナザリーったらまたそんなことをいって。今日の主役はレオノーラよ。私はついで」
 本当はお嬢様も、お父様からシェマとして成人のお祝いの舞踏会を開いていただけるはずでしたが、彼女自身がご辞退なさったのです。同じ日にお生まれになったサイラス公爵家のお嬢様レオノーラ様のために。ですが、本当のことをいってしまえば、その優しさはレオノーラ様には酷なように思います。どんなに彼女が着飾ったところで私のお嬢様にはかなうはずもないのですから。
 お嬢様、オレリー・カール・テルディモア様は、右翼テルディモア公爵家のご息女であり、そして本日十二月十五日、レオノーラ様と共に、シェマとして新たな世界に足を踏み出そうとしていらっしゃるのでございます。
 僭越ながら、長い間ずっと側に置いていただいた私もまた、彼女の引き連れる侍女としてその舞踏会に向かうことをお許しいただきました。侍女である前に私も一人の女、舞踏会という響きにときめきを覚えずにはいられません。
 けれど、何よりも。
 家庭教師にエスコートされるお嬢様の美しい後姿を眺めながら、なぜか、私は予感めいた胸騒ぎを感じていました。
 そう、予感でした。このお嬢様が、いずれ公爵家のどの女たちよりも高い地位を得ることを約束された彼女の運命が、崩れ行く、予感。
 ざわざわと内を揺らすほどの感覚に身体を震わせながら、私は何もできませんでした。ろくな魔力を持たぬただの人間ですもの、大いなる意志の指すほうへと、進むことしかできないのです。
「どうしたの、ナザリー?」
 お嬢様の宝石のような瞳が煌いていました。真珠のような肌を際立たせるためのドレス、桃のように愛らしい唇、華やかで誰よりも美しい人。
 ああ、お嬢様、お嬢様。
 この予感が現実のものとなりませんように。どうかあなたが誰からも愛されたまま、死んでいけますように。
「いえ、何でもありませんわ、お嬢様」
 私は予感がするのです。
 冷たい雪が硝子の向こうで踊り狂って、笑っておりました。

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