誘われる姫君 6

 ふと気がつくと教会の扉が開いて、お嬢様と陛下が仲睦まじく歩いて参りました。純白のベールが風に遊ばれ、お嬢様の金髪が日差しを受けてきらきらと輝いていらっしゃいました。隣に立つ陛下の濃灰色の髪と対照的で、二人が互いを見つめあうことでより美しくなっているなんて、憎らしいばかりです。私は群がる人々たちから距離を置いて、遠くから見守っていました。
 一番最初に近づいていったのは、やはりレオノーラ様でした。まばゆいばかりに輝く二人を前にして居心地悪そうにしていらっしゃいましたが、お嬢様に声をかけられてはにかむようにして微笑みます。そのわずか緊張感の抜けた笑顔は、目を見開いてしまうほど愛らしいものでした。そう、本来彼女も美しい方なのです、私のお嬢様にかなわないだけで。
 青い空の下、赤い薔薇が夢のように待っていました。この教会では魔力を行使することは禁止されていますのに、風がない空を薔薇は踊っていました。
 やはりあの方は魔王なのです。内に隠しきれない力がこうやって発露したのでしょう。そんな風に思いながらも、以前からずっと感じていた胸騒ぎが少しだけ治まったのも事実でした。こんな風に発露されるなら、美しいと、嬉しいと思えたのです。
 近づいてくるご夫婦を微笑んで迎えながら、思いました。
 この方がどうやってお嬢様の人生をめちゃくちゃにするのか存じ上げませんが、もしもそうするのであれば、私にできるだけの力で、お嬢様を影ながらお守りしようと。もしもそれすらもかなわぬことならば、せめて遠回りになるように、めちゃくちゃな未来が訪れるのが少しでも先になるように、守ろうと。
 私が違う方に仕えることになったとしても、お嬢様を守り続けようと、決意したのです。
「ナザリー」
「お帰りなさいませ、お嬢様。とても美しいですわ」
 もう二度とこの方に仕えることはないのだろうけれど、私はきっとこの方を忘れることはないでしょう。そう思いながら精一杯の笑みを浮かべました。
 すると、ふと目の前に深紅が飛び出してきました。目を見張りながら赤薔薇を押し付けている彼女を見やると、ハシバミ色の瞳がいたずらっぽくきらめいていらっしゃいました。
「もうお嬢様じゃないわ、王妃様よ。次間違えたら怒るわ」
「お嬢様、次はございませんわ。私は王妃様の侍女ではなく、お嬢様の侍女ですから」
 お嬢様は一体何をおっしゃるおつもりなのでしょう? 困惑している私を可笑しそうに見ながら、彼女はくすりと笑います。不意にそこに陛下があらわれ、お嬢様の手をとりながら私を見やりました。冷たい海の底のような眼に震え上がりそうになり、必死に自分を叱咤します。魔王に負けるわけにはいかないのです。
「ナザリー。王妃は君を望んでいる」
「陛下、それではわかりませんわ。ナザリー、私の侍女になって頂戴。あなたが側にいて欲しいの」
 今度こそ私の身体は震えました。恐怖によってではなく歓喜に、です。聞こえた言葉が信じられませんでした。だってお嬢様は私の本来の身分をご存知です。陛下の苦い顔を見ればわかるでしょうが、彼だって私の身分を知っているはずなのです。
 茫然とする私を見て、お嬢様は微笑んだあと、私が受け取らなかった赤薔薇の花束の仲から一輪を取り出して私に手向けました。棘のない深紅の花は傾いて、甘い香りが私を誘っていました。
「ナザリー。私のものになっていただくわ」
 花のように綻んだ彼女の笑顔に、私は泣き出しそうになりながら傅きました。そういわれてしまったら、断ることなどできるわけがないと知っているでしょうに。
 あなたはなんて、ずるい人。
「喜んで、マイレディ」

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