誘われる姫君 4

 私のお嬢様の生家、テルディモア公爵家は、俗に言う右翼の役割を担っています。この貴族社会で言えば両翼共に文官としての職に就くことが多く、武官に関しては基本的に彼らの管轄外となってはおりますが、勿論そこには例外も多くあるもの。
 当主テルディモア公爵には五人の子供がおります。そのうち妾腹から生まれたのは二人で、彼らはお嬢様よりもいくつか年上ではございますが、公爵たっての宣言により二人とも公爵位を継ぐ権利がありません。妾自身は公爵位を要求していたようですが、二人のお兄様がたはそういった権力になんら興味を抱いていないため、爵位は正妻の子供たちが受け継ぐことが決まっています。
 なにせ、二人のお兄様たちの興味は専ら、武道にあるのでした。好きこそものの上手なれ、二人のお兄様がたは今や皇国騎士団の誉れ、四卿の二つを占めているのです。テルディモア公爵家としては鼻の高い話でしょう。
 けれどお嬢様は今日まさにそれのさらに一歩上の地位を確立するのです。
 それこそが、テルディモア公爵名代。つまるところ公爵の代わりとしてどのような場であろうとも、公爵としての力を行使することを許されるのです。この舞踏会が終わったあと、お嬢様は名代の位を継承することになっていました。
 シェルマの時分から、お嬢様は旦那様の執務を手伝うようになっていました。お兄様たちが武官となられたことも関係しているのでしょう、公爵家として文官の仕事を勤めるつもりだったようです。その働きを認めた陛下は公爵に領地を与え、旦那様はお嬢様をその土地の領主にしました。それから四年、お嬢様に与えられた領地はどこよりも美しい町として国内指折りの観光地となりました。与えられた当初見に行った場所はごみ溜めのようなひどいところでしたのに。そも、そこがひどくなった理由は、昔からあった鉱脈が途絶えたことにあります。いくら強い魔力を持つお嬢様であっても鉱脈を生き返らせることはできません。
 けれどお嬢様はその町を、以前とは違う形ではありましたが、生き返らせたのです。
 さて、ところでお嬢様と陛下に直接の面識はございません。けれど城のメイドたちの話を聞いていれば明らかですが、陛下はお嬢様に対して多少なりとも興味は持っていらっしゃったようなのです。一つの町を生き返らせた公爵令嬢。しかも大層美しいとなればなおさら、陛下でなくとも誰もが気になるものでしょう。
 そして御年二十六になられる陛下は、未だ誰とも浮いた話がございません。たとえどんなに美しい令嬢が熱を上げて迫ったところで、陛下は一切を切り捨てたのです。いつまで経っても愛人も作らない陛下に、皆が皆業を煮やし始めて王室係の官吏がお妃探しを始めている現状でした。当の本人はいつも通り執務をしているのですから小憎らしいものです。せめて男色の話でも出れば皆諦めがつくというのに、それもありません。
 お二人は踊りながら政治の話をしているようでした。普通なら甘い顔になろうものの、彼らの表情は厳しいそれでした。その目は熱く互いを見つめていながらも、話に熱中しているだけのように見えます。わがお嬢様ながらあきれてしまいました。もう少し女性らしくあって欲しいものです。せめて今隠してしまわれた想いを視線に乗せるとか。対する陛下は隠しもせずにお嬢様を見つめていらっしゃるのに。
 けれど、と体の震えは治まりません。
 もしも陛下がお嬢様を見初めたら、テルディモア公爵名代の話は取り消しになります。どころか完璧に王妃として執務に関わることは許されなくなり、おそらくあの領地も陛下のものとして還元されるのでしょう。初の女公爵という位もかなわぬものとなるのです。ただの女として、王族を育む女として、彼女は生きなければいけないのです。
 くるくると踊る空色の姫君と、彼女を誘う魔王。そんな二人を眺めながら私は悟りました。
 お嬢様は陛下の申し出を受けるでしょう。女公爵という立場を捨て、陛下のものになるのです。魔王は姫を手に入れる、手に入れてしまう。
 震えはとまりませんでした。
 何か、よからぬものが迫ってきているのです。陛下がお嬢様を見初めた、ただそれだけのはずですのに、胸のざわめきは大きくなるだけ。
 悪寒は去ることを知らず、私の内にくすぶり続けていました。

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