ハシバミ色の追及 1

「やっぱり、王妃様はやめましょう。なんだか老いた気がするわ」
 お嬢様が王妃となられて二ヶ月が過ぎたときのことでした。王妃にふさわしい美しくきらびやかな部屋にも慣れ始め、王妃として様々な外交の場に向かうのにもようやっと慣れてきたときのことです。つまり幼い頃から度々出入りしていた本城にお嬢様も私も、すっかりなじんでしまっていたのです。
 同期となった侍女たちと夜会のためのドレス選びをしている私たちを眺めながら、お嬢様はそう言い放ちました。侍女たちが皆目を合わせているのを見て苦笑しながらお嬢様に返します。
「王妃様、突然そのようなことをいわれても困りますわ。私たちにとってあなたは唯一の王妃なのですから」
「模範的な回答ね、ナザリー。でも駄目よ。次に王妃様っていったら、そうね……、宝物庫の掃除をやらせるわ」
 喜びではないうめき声が侍女たちの間で漏れました。宝物庫には大層美しい宝石や首飾りなどが置いてあるのですが、無論一つでも壊したら私たちに命はありません。つまり何よりも緊張する場所なのです。とはいっても、私も私以外の侍女たちもプロです。そのような失態はするはずもありません。
「ではお嬢様、私たちはあなたをどうお呼びすればいいのでしょう」
 同期の侍女が問いながら、お嬢様を鏡台の前に誘いました。緩く結わいていた金髪を梳るのを見つつ、もう一人とドレスにあう首飾りや冠を選びます。
「お嬢様も駄目よ。オレリーがいいわ。私、自分の名前を存外気に入っているのよ」
 にっこりとお嬢様が鏡に向かって微笑みます。ほんの少し赤らんだ頬から類推するに、きっと陛下との初夜を思い出していらっしゃるのでしょう。なんて愛らしく、他愛ない方なのでしょうか。
 お嬢様の準備を整えたあと、今日の夜会に随従することになった二人の同期の準備を見送って、私とお嬢様は二人きりになりました。お嬢様のドレスの最終チェックをしていると、彼女は大鏡に映った自分自身と隣に立つ私を見て不意におっしゃいました。
「ナザリー。どうして夜会に参加しないの。あなたが私についてくるのは外交の場だけだわ」
 静かな詰問口調でした。思えばお嬢様が陛下のものになってから、二人きりになったのはこれが初めてのことです、私の本来の身分を承知している宰相が侍女長と手を組んで、二人きりにさせぬようにしていたからでした。いえきっと宰相の独断ではなく、陛下のご意志でしょう。私は疑われる存在ですから。
 けれど本来ならもっともついてきて欲しくないだろう外交の場にいられるのは、陛下の手配のおかげです。あの方が私にどのような行動を求めていらっしゃるのか皆目見当はつきませんが、ある程度の信用とある程度の不審を抱かれているのでしょう。ならば私も好きにやろうと思うのです。
「夜会の空気にはどうもなじめませんの。本当ならばオレリー様の踊る姿を目に焼き付けたいところなのですが、申し訳ございません」
「冗談はやめなさい。あなたの戯言には興味がないわ。……ねえ、ナザリー。あなた陛下に利用されているのではなくって?」
 ぴしゃりと私の言葉をふさいだお嬢様は、疑り深い眼差しを私にむけました。そう、お嬢様がテルディモア公爵家名代になる第一の要因は、この鋭さにあるのです。
 けれどそれを疑われては陛下があまりにも哀れです。私ごとき一介の侍女のせいで国を負う二人の仲をぎくしゃくさせるわけにはいきません。ですから私は穏やかに笑いました。嘘を吐くわけでもないのですから何も疚しいところはございません。平然としていればいいのです。
「オレリー様、陛下を疑うのは間違いですわ。私は何よりもオレリー様の幸せを祈っているのです、何も疚しいところはございません」
「私の幸せを祈ってくれるなら教えて頂戴。どうして夜会に出ないの?」
 なんて卑怯な問いなのでしょう。隣に立つ彼女の瞳を大鏡の中から見つめれば、優美な眉がひそめられ私の目を見返していました。私はそれから逃れるように目を背け、時計を振り仰ぎます。もうそろそろ同期の侍女たちが戻ってくる時間でした。私の仕草に気づいた彼女はますます眉を吊り上げます。苛烈な怒りは彼女の整った顔をより研ぎ澄まして見せました。
「ナザリー」
「オレリー様、お忘れなきよう」
 扉が遠慮がちにノックされ、私は彼女の目を見つめたまま答えたあと、侍女仲間を招き入れるために扉に向かいました。入ってきた二人は夜会の侍女にふさわしい姿をして少しはにかみながら部屋へと入ります。が、お嬢様の姿を見て一瞬彼女たちは咎めるように私を見やりました。それもそうでしょう、お嬢様は傷ついたような顔をして私を見つめていらっしゃったのですから。
 元よりあまり時間がないのです。私は彼女たちを夜会へと送り出し、お嬢様は扉が閉まるその瞬間まで私の目を見つめ続けていました。私は黙って微笑んだまま言葉を紡ぐこともございません。閉じた扉の内、お嬢様の部屋の中、理路整然と片付いたその中で、彼は音もなく私の背後に忍び寄ったのです。

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