ハシバミ色の追及 2

「彼女を傷つけるようなことはやめてもらおうか」
 低い声が咎めるようにおっしゃって私は彼を振り返りました。部屋の明るさとは対照的な暗さが、特に浮き上がって映ります。夜会に行ったはずの彼がどうしてここにいるのでしょう。いえ、用件など決まっています。私は目を伏せて笑みを消し去り、静かに礼をしました。
「そのようなつもりではございません。私の望むことはお嬢様の幸せだけです」
「口先だけでも両陛下の幸せを、そういえるようになれ。お前の言動は王家に仕える者としてふさわしくない」
「ですが私を連れてきてくださったのはお嬢様ですわ」
「ならばそれらしく振舞え。お前の行動で彼女は不安になる」
 知らないことでした。まさかお嬢様に私がそこまで影響を与えているなんて、一体誰がわかるのでしょう? 私は思わず陛下の顔を見上げてしまいました。陛下の海の底のような眼はわずかに沈んでいらっしゃるように見えました。ご自身ではなく私のような人間の行動によって、愛する者が不安がっていては腹も立ちましょう。
 私は今度こそ深く陛下に礼をしていました。本当に私の自身の行動のせいで彼女を不安にさせているとは思っていなかったのです。
「申し訳ありません。もう二度とこのようなことは起こしませんわ」
「そうしてくれ」
 静かな声に私はゆっくりと顔を上げました。陛下は窓際に立ち尽くし、とある一点を見つめていらっしゃいました。そちらのほうを見やれば、森の近くに聳え立つ塔が否応なしに映ります。あれが何故あそこにあるのか、陛下がどうしてそのように眉をひそめて見つめているのか、わかりません。ですが、彼があれの存在を喜んでいないことだけは伝わりました。
 その塔は見るからに禍々しい空気を放っているように思えました。今まであんなに恐れていた陛下すらも並んで立てば、掻き消されてしまうほどの嫌なもの。今までこの部屋で過ごしていながらさりげなくお嬢様の目からこの塔を隠していたのは私です。ここで子供のような好奇心を発揮されるわけにはいきませんし、侍女長がいっていたことが気になるのです。
 いつまでも女の声が聞こえる、と。
「帝国は」
 突然尋ねられた言葉に私は特に動じることなく答えました。その問いは通例のままでもありますが、同時に私に塔のことを尋ねさせないためでもありました。
「つつがなく」
「帝王は代替わりを拒んでいるのか」
「いえ、宰相閣下が拒否していらっしゃるようです」
「他には」
「キャシャラ国よりハーベルフィクス伯が亡命を求めて参られました。ウルスーヴェの荒廃も尋常ではありません。王の不在が噂されているようです」
 私が両陛下と共に外交の場に伴うのは、こういったことを確認するためでした。普通の外交、つまり大使との談話だけではわからぬことを閨で聞き出すのです。それを考えれば確かにお嬢様のおっしゃった通り、私は陛下に利用されているのやもしれません。
 しかし、利用しているのは私も同じ。
「詳しくはソフィアに送れ。私はもう行く」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
 深い礼をし、彼が出て行くのを待ったあと、顔を上げればあの塔が目に入りました。何度見ても嫌悪感を抱かせる場所です。私は顔を歪ませ深紅のカーテンを閉めようと窓の側へと向かいました。

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